盆栽の身になって考える。冷暖房の室内で『おもてなし』を続ける難しさと辛さ。
東京都美術館で開催された、第100回記念国風盆栽展に、前期・後期と足を運んでまいりました。天皇ご一家もご鑑賞に訪れる、非常に格式高い盆栽展です。盆栽職人が精魂込めて制作した「生きた芸術」を、多くのファンに披露する機会は、文化継承として非常に意義深いものだと感じます。
その一方で、今回は少し視点を変え、「盆栽の身」になって会場を眺めてみました。
会場でスタッフの方々が、盆栽に懸命に霧吹きを繰り返す光景。それは、日本最高峰の美しさを守り抜こうとする、プロとしての義務感の現れでもあります。しかし、華やかな舞台の裏側で、最終日にどこか疲れを見せる樹々の表情に気づいた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
盆栽にとって、暖房や冷房が完備された現代の室内空間は、私たちが想像する以上に過酷な「砂漠」に他なりません。本来、四季の移ろいとともに呼吸し、外気の中で命を繋ぐ樹々にとって、一定の温度に保たれた乾燥した空気は、その生命力を一刻一秒と削り取っていくものです。たとえ丹精込めて育てられた名樹であっても、人間にとって快適すぎる室内でその輝きを維持できるのは、植物の生理的な限界を超えた数日間がやっとのことです。
もし、ご自身で本物の盆栽を手にされたとしても、お客様を迎え入れる大切なお部屋や、冷暖房の効いた空間に「常設」しておもてなしを続けることは、植物の命を考えれば非常に困難なことです。盆栽にとって冷暖房の効いた空間にいることは、止まることのない砂時計の砂が落ちるように、一刻一秒と生命力を削り取られていく、あまりに過酷な試練に他なりません。
そこで、ひとつの新しい選択肢として「工芸盆栽」について考えてみます。工芸盆栽であれば、乾燥した冬の暖房下でも、湿度の高い夏の冷房下でも、その瑞々しい佇まいを一切変えることなく、空間に品格を与え続けます。本物の盆栽が持つ「一瞬の美」への敬意はそのままに、ビジネスや暮らしの場において、24時間365日、変わらぬ「最高のおもてなし」を具現化する。
環境を問わず、置いたその場を瞬時に格式高い空間へと変貌させる工芸盆栽の自由さを、皆様の空間に取り入れることは、今の時代にふさわしい「おもてなしの形」ではないでしょうか。