盆栽が「鑑賞」から「育てる」ことへと主流が変わったわけ
盆栽文化が確立した江戸時代初期において、盆栽は公家や武士などの上流階級の人々が鑑賞することを目的としていました。しかし、昭和時代になると、多くの庶民が盆栽を自ら育てるようになっていきます。ここでは、その背景について考えてみたいと思います。
分かりやすく説明するために、昭和の家庭の象徴的な家族像として広く親しまれた、長谷川町子さん作の漫画『サザエさん』をもとに考察してみます。
作中で磯野家の父・磯野浪平さんは、東京・世田谷区に庭付きの一軒家を所有しています。この設定は、長谷川町子さんが日本人の生活が豊かになったことを表現するために描いたものと考えられます。さらにその豊かさを象徴する要素として、浪平さんに、かつて上流階級の楽しみであった「盆栽」を庭で育てさせたのだと思われます。
昭和の時代、多くの人々がテレビアニメ『サザエさん』を視聴しており、その中で描かれる浪平さんの姿に「理想の父親像」や「中流家庭の主」としての自分を重ね合わせていました。つまり、中流家庭の主人=磯野浪平さん、そしてその趣味が盆栽を育てることであったことから、自然と多くの昭和のお父さんたちが盆栽に魅了されていったのです。これにより、盆栽は「鑑賞するもの」から「育てて楽しむもの」へと、その意味が変化していきました。
さらに、盆栽が庶民の趣味として広まるにつれて、関連するマーケットも活性化しました。たとえば、苗や完成した盆栽を販売する盆栽園、鉢を製造・販売する業者、如雨露(じょうろ)や盆栽用ハサミ、やっとこ(針金用ペンチ)などを扱う道具メーカーも恩恵を受け、業界全体が「育てる盆栽」を積極的に推進するようになったのです。こうした背景も、盆栽の楽しみ方が「育てる」方向へと定着していった一因と考えられます。
その結果、現代の“BONSAI”ブームにおいても、盆栽は「育てるもの」として世界中に広がり続けています。ただし、このような無秩序な広がりによって、日本の伝統的な作法に則らない「盆栽風のもの」が増えているのも事実です。